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武蔵府中郷土かるためぐり



えのきが高い三千人塚
(えのきがたかいさんぜんにんづか)

設置場所
三千人塚に立つ板碑の左側(矢崎町2の21)
※塚の前の道は鎌倉街道

同時表示:-
撮影日:20xx.2.25
撮影順:35

説明
三千人塚分倍河原合戦より
もう少し古い時代の塚であることがわかっており、
阿弥陀三尊が刻まれた板碑には
1256年(鎌倉時代)の年号がはいり、
多摩地区で最古の板碑である。





 えのき
 ニレ科エノキ属の落葉高木樹。

 三千人塚
 分倍河原合戦よりもう少し古い時代の塚であることがわかっている。
 阿弥陀三尊が刻まれた板碑には1256年(鎌倉時代)の年号がはいっており、
 多摩地区で最古の板碑である。市指定文化財。

 鎌倉街道
 鎌倉に至る道の名称で上道・中道・下道があるといわれる。
 源頼朝が鎌倉に幕府を開いてから、中部・関東・東北にまたがる東国の武士団と幕府を結ぶ道だった。
 多くの軍勢が進撃したことから陣街道とも呼ばれる。